子供たちと走り抜けた関西中学受験の備忘録

私たち親子の中学入試までの日々を振りかえり、少しでもこれから挑戦される方の参考になればと思います。

勝負の3日間③☆リュー小6の入試3日目

3日目です。東大寺、人によっては洛南の入試で、灘の発表日。そして西大和の発表もこの日の午前です。

 

朝、けしてゆったりでは無いけれど、まあまあの時間に出かけたリューたち。ここで問題が。夫がその日の夕方には東京に行かねばならなくなったと⁈。

合格発表まで、東大寺から灘へと移動してもらう予定でしたが、途中で私とスイッチすることになりました。とりあえず私は先に発表を見るべく、マイコと一緒に灘に向かいました。

 

夫からのリポートによると、東大寺では、またもや塾別に集まりますが、馬渕の校舎ではありません。学園内のいろんなスペースに。

馬渕は東大寺コースのお子さんと6Nは別に集まるそうです。東大寺コースは今までの成果を全部だそう!という温かな壮行ムード。

これは6Nは灘でこそ見かけた光景です。東大寺では、受かって当たり前なのはわかってるか‼︎という厳し目な戟で、その違いが印象深かったと言っていました。

 

さて、試験真っ最中だろうリューたち。私はマイコを連れて移動。

まず移動途中の電車の中で、西大和の発表を調べます。なかなかサイトに繋がりませんが、繋がった瞬間『合格です』の言葉がすぐに目に飛び込みました。これでリューの受験が3日目の今日で終わることが確定しました。

灘の結果如何では、西大和に入学金を振り込まなければなりません。東大寺の結果まで、待ってはくれないのです。

 

灘には10:30の合格発表…の少し後の、お昼過ぎに灘の体育館に行きました。

リューの昨夜のつぶやきもあり、灘という壁の高さがわからないこともあり、きっと番号は無い、たぶん無い…その時私は泣くかもしれないとマイコに言いながらの道中でした。あまり大勢の中では見たくなかった。

 

体育館は人はいるものの、第一波は引けた状態。6Nの先生方も数名いらしてて、私が来たことがわかると会釈してくださいますが、その表情からは合否をご存じなはずなのに一切なにも読み取れません。ま、私にそんな洞察力が無い可能性大ですけど。本人か家族が結果を知るまでは…という思いからと、良いように判断します。

そして

受験票と照らし合わせて…

 

ある。

あります。

歓喜の瞬間でした。

受験票と同じ数字が、ちゃんとある。

5回見直しました。番号読み上げました。

やっぱりあります。

信じられない思いでいっぱい。思わずその場にいらした6Nの先生方にお礼を言って回り、点数貰ってくださいね〜と声をかけていただくなんてことも。

そんなにギリギリでは無く、5科目とも合格最低点に余裕が"ややある"点数でした。

帰り道のロイヤルホストで、マイコになんでも食べていいからね〜とステーキOKした時の機嫌の良さは、今でも浮かれすぎと彼女から言われます。

 

その後、マイコを自宅近くの駅で降ろして祖母が待つ自宅に帰宅させ、私は近鉄大和西大寺へ。道中、夫とは連絡を取り合い、一足先に結果を伝えポーカーフェイスでいてねと頼みつつ、どこで入れ替わるかの打ち合わせをしていました。

東大寺から灘への移動は、近鉄高の原から大和西大寺までいくと阪神魚崎までの直通電車があります。乗車時間は約1時間。マイコが尼崎から学園前まで移動した、近鉄阪神の乗合特急です。これで東大寺組はみんな移動していました。洛南だと京都駅からJRでさくっと住吉まで移動できます。

西大寺まで向かってる途中、夫が"一緒にいって結果だけ見るわ"とメールしてきました。なーにー⁈。見届けたら新大阪から即東下りするつもりみたいですが、なんだか3日リューと一緒に行動して、最後まで立ち会わねばと思ったようで。

 

結果を先に知っても自分には伝えるなと言っていたリュー。私、一世一代の名演技をしました。顔の下半分をマスクで隠していたから、マスク様様です。

不合格やったら灘行くのこれが最後やなぁ…というリューに、(それは無いけどね)と内心思いながらもそうやねぇ…と返す声は平常心を心がけ。同じく結果知ってる夫は寝たふりだか本気寝をしてるし。

加えてこの時の私の体調、絶不調💦。受験生には気取られないよう気をつけてましたが、喉からの発熱は明らか。イブプロフェンで下げていたものの、この移動の1時間がなんともつらかった。薬は切れてくる、目の前では飲めない、体だるい、熱っぽい…と。

で、魚崎に着いたのは14:30ごろ。発表の掲示は15時までです。体育館に駆け込んで行く子達…。私がその日2回目の体育館に入った時は、満面の笑みを浮かべた息子の姿がありました。

 この瞬間、リューの中学受験が終了しました。

 

息子とバンザイ写真を撮って早々に、じゃ行くしと東京に向かった夫。

夜にリューと帰宅後、一番に伝えたいという5年までの担任の先生(=マイコの神先生)に電話して、授業中という6Nの担任の先生には伝言をお願いして。

その直後、応援にきてくれていた私の母に後を託して、バタッと倒れるように眠った私。もう限界、風邪は寝ないと治らない。ものすごい深い眠りですが、快眠でした(笑)。