子供たちと走り抜けた関西中学受験の備忘録

私たち親子の中学入試までの日々を振りかえり、少しでもこれから挑戦される方の参考になればと思います。

上野千鶴子さんの祝辞

この春2019年東京大学入学式での、上野千鶴子さんの祝辞を全文読まれましたか?。

 

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

 

新入生への言葉であると同時に、すでに社会人である私たちの固定概念への問いかけでもありました。

実際に私には響きました。

 

組織や家庭は男性を立てて縁の下で女性が動く方が…たとえ女性の方が有能であったとしても男性のプライドを挫いて不和のもとを作らないように動く方が無難…とどこかで思っていたことを、知ってしまいました。見ないふりをしていたモヤモヤです。だってその方が社会システムとうまく噛み合うんですもの。その価値観でいる人が多い職場では、波風立たないんですもの。

もちろん子供たちには読んでと言うつもりですが、夫はどんな反応するだろう⁇。女性役員もバンバンいらっしゃる中で働いているので、まだハードルは低いと思っているはず。きっと実際に対外的にはそう。でも、家庭に縛られるのは自分でないと無意識に思っているのを私は知っています。逆に私しか、知らないのかも。オムツを替えた回数も両手で足りる気がするし、子供たちが病気になっても仕事を休むのはいつも私。習い事の送り迎えも付き添いも、町内会も学校の役員も、全部私。それをしないでいいことを夫に許していた私のせいでもありますが、やはり1番のネックは専業主婦時代に出来上がった分業化のせい。結果、私のキャリアは夫の転勤についていくところから、子供たちが二人とも中学生以上になるまでの長い休暇に入ってしまった。片や、彼は順調にキャリアアップしてきた。うちはそんな構図の夫婦なのです。なんて書いてたら、自分には関係ないと読まないだろうなと行動パターンが予想できてしまった💦。

などなど、思わず家庭内部事情を漏らしてしまいましたが、これはこの年代にはありがちかなぁとも思うのです。私の職場の男性…特に役職者は、働き方改革のシワ寄せか21時近くまで働いているよう。じゃあ、家庭のことは奥様が一挙に担うしかない。うちと同じでしょう、きっと。

 

もう40台50台の年代が、いまさらずっと持ってきた価値観を変革するのは難しい。歳をとれば思考の柔軟性を失いがちです。だからこそ、なおさら今から社会に出る人、出たばかりの人には、疑問を持ちより良い関係性を築いていってほしいものです。

 

 

『SLUM DANK』

漫画紹介シリーズ📕

王道そして永遠の青春漫画です。少なくともお父さん方は読みましたよね。

うちは、息子が小学校時代の試合で、"負けても別に悔しくない"なんて言ったその日に迷わずAmazonでポチッと購入しました。私、弟が買っていたジャンプで連載中に読んでいました。ちなみに今は大人なので、愛蔵版✨です。

悔しがってよー。

負けず嫌いになってよー。

花道も流川も仙道もミッチーもそうだよ。赤城先輩もそう。みんなそう。

そして安西先生の言葉を噛み締めてよ!。

そんな思いで、息子に読ませたくて買いました。

買った当初は全然読んでくれなくて、本棚でホコリがたまるまま。むしろ夫が読む、私がひさびさに読む(笑)。それがなんだか最近、息子が読んでる気配があるではないですか✨。やはり花道らと同世代になると、共感できる部分が生まれてきたのかな。

ちなみに母は仙道派です。

 

実はこのスラムダンク。組織をまとめる時、人を鼓舞する時、なんと使える言葉の多いことか。そして出どころを私たち世代前後10年は知っている率が高く、イメージしやすいのも一役かっているようです。スラムダンクに関する考察本なんてものも、でていたりします。

今の職場も前のパート先も、月末期末に数字を上げるための掛け声、妙に既視感が…と思うと出どころはここなパターン多し、です。マネージャー世代が昔読んでたから⁉︎。

 

また親的には非常に安心な、完全スポーツ漫画です。私が小学生に与えるくらいなので、R設定は暴力シーンがほんの少しあるだけですし、あれは名言『バスケがしたいです』に必要な状況なのです。

完全無菌状態で子育てするのでなければ、むしろこの世の中の汚い部分を感じさせつつも、毒が少ない、また先に救いがあると親自身が知る、安心な漫画ということでのご紹介でした。

 

 

森のようちえん

とある幼稚園の園庭を見る機会がありました。自然たっぷり遊具たっぷり✨。もう一度いまの居住地で幼児から育児をするならここに通わせてみたい…なんて思ってしまいました。どちらかというと、幼少期は幼児教育よりも"遊び"と"躾"に重きを置きたい派でした。

住んだ街

園バスの有無

転園のタイミング

なんてものの絡みから、うちは結果街中の幼稚園ばかりでした。最初に入園させたところも街中ですが、遊びメインの教育方針と預かり保育のさじ加減で選びました。それでも2人ともが小学校に上がってから、私の育児ではそれでも遊びが足りなかったと反省しています。

 

組織のリーダーたる人は、どんな風に育ったのだろうという視線でついつい見てしまいます。想像でしかないのですが、そこに出木杉くんタイプは居ないのです。どちらかと言えばジャイアン。ただしもう少し悪賢いガキ大将。

遊ぼう!と友達に声をかけて、 集めて、企画ささて、実行して。小さな集団で簡易な遊びでしょうけど、これって社会人としてプロジェクトを企画立案実行と流れは同じじゃないの⁈という気がします。子供の頃から繰り返されたサイクルが、いずれ花開くような。それはテストの点数とは違うところの力だし、やったことのない人が就職していきなりできるようになる訳もない。そこにベストプレーヤーがベストリーダーになるとは限らないという心配もありますが。

ここまでが前置きです。

 

ならばどうやってその力は育つのだろう??。

子供はみな想像力はたっぷり持っていて、好奇心は次々湧いてくる。その力が思いきり肯定されるには?。私には野山などの自然の中での遊びにしか思えないのです。それも親がつきそわない、子供だけの冒険。私たち親世代はそのまた親がしらないところでやんちゃしたものです。小川は飛び越えるもの。家と家の間の塀は平均台にするもの。自転車は競争するもの、手放し運転は練習するもの。ブランコは3人乗りまでは基本的に挑戦するもの、飛び降りは飛距離を競うもの。滑り台はスーパーマンスタイルで滑るもの。そういえば秘密基地を草がボウボウの空き地にダンボールと発泡スチロールを持ち寄ってつくって、何かにかぶれて全身に蕁麻疹がでたりもしました。私ですらこんな経験が、訳のない自信に繋がってるらしいです。

キャンプに連れ出しても、親はいるしなぁ。親が安心して見ていられる遊びは、親を超える力はなかなか身につかないし…のモヤモヤしながら小学校とご縁が終わって久しい今更ながら、タイトルの存在を知りました。

 

森のようちえん。

園舎もありません。園バスもありません。ただ決まった場所に園児と先生があつまりそこで1日を過ごします。雨ならばカッパを着て。寒い日はしっかり防寒して。

これだーっ‼︎、と今更ながらに思いました。もっと早く知りたかった。最初にあげた自然たっぷり遊具たっぷりや良いですが、もう一人子供がいたら…の妄想では、3人目は森のようちえんに行かせています。

『二月の勝者』※追記しました

というマンガ、ご存知ですか?。私はたまたまネットの宣伝を見て、LINEマンガで最新巻まで読んでしまいました。

 

中学受験を、塾側講師側の視点で描いています。塾が生徒をどう捉えているか非常にドライに表現されている部分もあり、がっかり失望したりされるかもしれません。でも、リアルを知って塾と向き合うのにはちょうどいい。

そもそも、私の"塾に任せる"幻想を打ち砕いたのは、受験母として色々教えてくださった職場の先輩。塾の何たるかを知って正しく利用しましょうねと言われて、ガツンときました。子供の合否の最終責任は、塾には、無い。保証も、ない。よくよく考えたら当たりまえなのですが、藁をもすがりたい気持ちの時に『塾に任せれば…』なんてもう1人の自分のささやきにうっか乗っかってしまいそうになります。

では塾の方針やスピードを疑って市販の問題集や兼塾なんかに手を出す…というのは、問題分析も我が子の能力分析も、塾以上の精度と分量でできる自信があればどうぞ。たいがいが消化不良になるのではと推測します。そうではなくて、責任持って子供の未来の道標となれるのは、親。先生も塾もあくまで"協力者"です。協力者として二人三脚で歩むべく、正しく捉え、利用させてもらうのです。

若干ビジネスライクな発想ですか、ボランティアではありません。聖職者でもありません。ずれて捉えて寄りかかるべきところでないところで寄りかかっては、望む結果まで遠回りしてしまう。目指すはwin×winの関係です。

 

この漫画、受験で子供や親が陥りがちなトラブルがちらほら散りばめられて、そこも参考になりそう。

関東の話なので、関西は半月前倒しのイメージで、関西統一日を前哨戦扱いしているのはややムカつきますが、それが関東からの視点。

小学生の受験については色々参考になることが多く、わたしは自分がしてきた対策は当たり前であったと裏付けされたいことに安心したと同時に、当たり前ならみんなやってることやーん💦と若干焦りました。

今度はこれをうちの子たちは自分で見つけて分析して試行錯誤しなくちゃならないんだな。次の大学受験バイブルは…やはりドラゴン桜🌸⁇

 

※※※追記※※※

頑張ってる子供本人には、冷や水をかけてしまう結果になる場合もあるので、読ませたくないのがわたしの本音。親のための、もしくは卒業生のための漫画だと思います。

だから読まれるのはネットで。もしくは電子配信でをお勧めします。

 

入塾説明会と体験授業

中学受験業界は新年度も始まり、入塾説明会や体験授業やイベントや特典入会など、いろいろありますね。

いまや私の興味のほとんどは大学入試に向かっていたので、中受に対してセンサーはまったく働いていなかったのですが、昨日ネイルサロンの帰りにたまたま同じバスに乗り合わせた親子のお話。

 

おそらく新3年生の男の子とお母さん。わりと空いていた車内で、2人掛けの窓際に座った私の隣に、その男の子が座らされお母さんは斜め前に立たれました。

母『どうやった?、難しかった?』

子『うん』

私(あー、体験教室かな。そんな時期かぁ。)

母『算数できた?』

子『AはできたけどBはわからなかった』

母『○ちゃんは?。同じクラスにいた?』

子『うん』

私(学校一緒のお友だちかな〜。いたら楽しいよね〜)

母『○ちゃん、賢いやろ。絶対賢いわ』

子『うん』

会話終了。母の視線は携帯に📱。。。

 

あかーん💦。そこで終わったらあかんの。

何が解けて何が解けなかったか、きっと塾初めての子からみたら塾の先生の解法は魔法みたいなはず。それを知った感動を聞いてあげてーっ!。きっともっと言葉が出てくるから!。

というのが私の心の叫び。その後、私は声をかけるなんて勇気ある怪しい人になりきれず、親子は次のバス停で降りていかれました。

お子さんのお行儀もよく、お母様も上品なファッションでエルメスのバッグを持たれてたりときっといいご家庭なんでしょうけど、もったいないなぁ。子供を塾にいれたら、塾が賢くしてくれると思ってがちな。なんて私の偏見だといいんですが…。

学校の勉強がちょっとよく出来る子が受験塾でちんぷんかんぷんなのは当たり前。わかった?ってわかるわけないやん。出てる芽🌱を摘むとかでなくて、見えてない?。

出来ないことの方が多いスタート時期、一つ一つできることにしていく喜びを感じさせるのは、先生だけじゃなく親にとっても大切な役割です。

体験授業や説明会で塾行脚もいいけれど、子供が体験授業で受けた刺激をいかに生かせるかは、親の手腕にかかってるのではないかと思います。勝手に育ってくれる得難い子もいますけどね、それも結構な比率で。

 

 だからね、一個一個できることを増やすために場数がいるの。経験値がいるの。出来ないと言ってしり込みしてちゃ、成長しないの。もう親がよく出来ました💮って褒めても物足りないでしょ?、中高生にもなったら。自分で自分をもっと育ててあげてーっと、親子に言えなかったもどかしさの代償に、こじつけまがいの熱弁を我が子に向かってふるった昨夜でした🌙

LOVE 鳥人間コンテスト

昨年も夏の終わりに放送していましたね、鳥人間コンテスト。私の大好物です。

 

子供の頃はそれほど興味が無かったのですが、社会人になったあたりから気がつけば毎年かかさず見ています。今人生やり直すなら、高校生に戻ってちゃんと勉強して、東北大学目指してwingnautsに入りたいかもしれないって思うくらい大好きです。

だからか毎年録画して、ワーワー言いながら見ていますが、残念ながら家族は一緒になって盛り上がってくれません。刷り込み失敗…。

 

いったい何に惹かれるのでしょう。

仕込みなしのドラマ。

彼らが背負っている、イカロスやライト兄弟からつながる空を飛びたいという人の夢。

ではなくて、年にたった一回のフライトに、一年丸々を捧げる情熱なのかなと思います。その熱量こそ、人を動かし何かを興すエネルギーに思えて仕方ないのです。

あいにくと我が子たち、そこまで熱さを見せてくれません。特に息子、非常にフラットな学生生活を送ってる。もう少しこうドラマティックな何かはないものでしょうか。…と自分自身の学生時代、内面では山も谷もあったけど、親から見たら淡々としてたんだろうな。

 

そんな中ちらっと彼がいいました。

『今年、琵琶湖に鳥人間観に行こうかなあと思ってるねん』

きたーっ!!!!!!。

興味ない人は、どこで開催されてることすら知らないよ。私のサブリミナル効果はわずかだけど効果あったのかも。

でもね、テレビが一番観やすいの。湖岸からだとディスタンス部門なんて本体は遠く湖上にしかいないから見えなくてモニター頼みなの。そして暑いの。

なんて真実は告げずに、喜んでおこうと思います。

承認欲求はみんなある

行きつけの美容院でサロンのFBやアプリ予約の話が出た時、そのサロンの写真担当方から言われた話です。『そもそも個人のInstagramもFBも、承認欲求を満たすためのツールなんですよ』。

 

きゃーっ💦、薄々わかってたけど目を逸らしてた事実を突きつけられた感じ。

そうなんです、認められたいの。私のこのブログだってそう。でもリアルで話すのは気恥ずかしかったり、どれだけ気を使っても人間関係にどんな影響を残すかわからないおそれがあったり。ここは訪問くださった皆様自身で我が子へ使えるもの使えないものと冷静に判断して、取捨選択していただけるだろうなんて甘えもあります。

 

で、大人にもあるんですもの。当然子供にも承認欲求はある。

かつてインターネットがこれほど普及する前は顔を合わせる社会の中で行われていた仲間内だけのささやかな行為が、SNSというツールを使い広がることで知らない人とも繋がってしまい、思わぬトラブルになるのが最近の傾向のような気がします。

また、書き言葉は話し言葉と違います。顔を合わせて話していても、相手に自分の意図がきちんと伝わっているか、相手の思いをきちんと汲み取れているか、確かめながらのコミュニケーションをされている人も多いかと思います。たまにそれでも失敗してしまって困ることも、お互い大人の対応をすることだってあるんです。

ネットのみの会話でどこまで理解し合えるか?。できない前提で、いろんな対策なりする方が無難じゃないかと考えます。

 

じゃあSNSは使わせないように…と考えたくなりますが、前回書いたように今後の社会では完全排除はムリ。むしろ使わないと様々な局面で置いてけぼりになるでしょう。では与える。機会が増えればうっかりでも無知でもトラブルの確率は上がります。ネットが怖いのは、それがいつまでも存在し続けること。

難しいなぁ…さじ加減が。世界は広くて深くて、スマホやPCの中以外にも面白かったり感動したりすることは山のようにあると知ってくれれば、自己制御できるようになる…かな?。

やはり幼児期からのたくさんの経験や遊びは大事なんじゃないかなと、私の子育ての原点に立ち戻るのでした。

………我が子たちは全然足りませんけどね。