子供たちと走り抜けた関西中学受験の備忘録

私たち親子の中学入試までの日々を振りかえり、少しでもこれから挑戦される方の参考になればと思います。

※ワンオペ

ワンオペ育児。

最近になって聞きますが、子供たちが小さい頃から、うちはワンオペそのものでした。夫の帰りは遅い、出張多い、土日は疲れて寝てるか家で仕事、下手したら会社行ってましたから。

子供たちの習い事の当番や付添、試合の車出し、合宿のお手伝い、遠征。他には町内の役員、小学校のPTA。ぜーんぶ私がしてました。

お陰で車の運転が上手くなり、阪神高速が少しだけ怖くなくなりました。

小学校では先生方が顔を覚えてくださり、役員で無くなっても顔を合わせたら挨拶してくださるようになりました。

 

そんなうちの夫は、基本的に中学受験反対でした。

彼の高校は地元の極めて普通校。進学校と呼ばれるような公立ではありません。そこから地方の国立大・院の修士と進んだ人で、公立でも子供本人がヤル気になればちゃんと出来るようになると信じてる人です。

ちなみに私も結果的にずっと公立で、旧帝大には到底足元に及びもしない地方一大学に進学しました。

 

最初の春期講習直後に、馬渕に通わせてみませんかと先生にお誘い頂いた時、夫は反対するなぁと思ったのです。

で、それを盾に勧誘をお断りしようとしたら、先生が『ご主人をお連れください。説得しますから!』と熱く語ってくださいました。その熱意✨。夫の説得は私がして、お任せしようと思いきるに十分でした。また、先に先生から説得されるのは、まず順番が違う。

 

実際、夫は子供に本当にいいものならNOと言わないはず。また、子供自身が心から望んで努力して挑戦するなら、NOと言わないはず。

だからこそ、子供たちがそれぞれ本気で行きたい学校が出来るか⁈、本心から望んでいるか⁈、の意識付けが私の密かな仕事でした。

特に志望校がないまま6年までになっていたら、公立一貫校だけ挑戦しただろうなと思います。

だから、我が家ではこの父親を説得したのは子供たち自身なのです。うちの2人は父親に頭を下げました。灘に、神女に行きたいので受験させてくださいと。

子供たちがそれぞれ父親に頼んだことにより、彼らは挑戦する権利(?)を得ます。

 

得ますが、得ただけ(笑)。

平日はほぼ不在なので、送り迎えや懇談も説明会行脚も私がしていました。6年に入ったあたりから、土曜や日曜お迎えは時々行ってくれる日もありましたけどね。お迎えに夫が行くと、私はその間に家事を片付けられる、温かなご飯の出来立てのタイミングで迎えてあげれるのです。

そんなこともあり、お父さんが協力的なはご家庭は、非常に羨ましかったです。お迎えに行ってると、だいたいお会いする親御さんのお顔や車を覚えます。近くに浜や希や日能研もあったので、同じ塾、隣の塾、同じ小学校…と様々。ご両親が交互に来られるご家庭は、きっと夫婦で協力してお子さんを支えてるんだろうな〜って。

 

また、お子さんが2人以上おられる方はわかるかと思いますが、統一日から進学先が決まるまで、親1人での対応は相当難しいです。うっかり滑り止めにしていた学校の入学金を払い忘れるなんて悲劇が起きかねないです。だからこそ、きっちりしたスケジューリングと家族の協力が必須です。

最後の保護者会でも、家族で支えてあげてください❗️と言われます。

基本ノータッチだった夫には、この三日間だけは仕事を絶対に入れないでと、1年以上前から言いつづけました。会社のメールにスケジュールを1年前と半年前と直前と、念には念をいれて送りました。

 最終的には前泊から灘の発表まで、リューに付き合ってくれました。最後、あの場に居れるまでリューが頑張ったことが誇らしかったそうです。

合格発表から、慌てて東京出張に行ってしまいましたけどね。夫は夫なりの精一杯で時間を作って、子供と向き合ってくれてるんだと思いました。

ちなみにマイコには私が全部付き合いました。女の子にはその方が良いような気がして。