子供たちと走り抜けた関西中学受験の備忘録

私たち親子の中学入試までの日々を振りかえり、少しでもこれから挑戦される方の参考になればと思います。

リューの志望☆小5の5月

具体的な志望校の名前が出たのはリューが先でした。

でも小学3年生や4年生、受験者全体像も見えない時期です。それはあくまで目の前のニンジンの役割でしかありませんでした。
 
ところがリュー、頑固にもじわじわと成績を積み上げ、小4になって数ヶ月目に目標クラスの資格を得ます。そこからまだ一度も落ちることなく、さらにじわじわ。

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知ってる人が見たらわかるでしょう。この年、灘の文化祭に初めて行きました。ここがリューがいつの間にか熱望するようになった学校です。
塾での刷り込みか、たまたま塾通いが多かった小学校のクラスでの仲良しがみんな灘志向だったからか。リューは学力は全然足らないのに決意表明が早かった。
 
自宅から通う大変さや、2日に渡るハードな試験、そもそもそのレベルに達することができるかなどの不安もあり、4年生では通学30分以内の学校を見に行っていました。5年生の文化祭で、ついに彼の根性が親の心を動かし、灘校に足を踏み入れてしまいました。
これでますますヤル気になった…かどうかはわかりませんでしたが、親に買って貰った学校名グッズを机に並べてご満悦のようでした。
 
リューには灘受験にGOサインを出す条件をだしてありました。
5年中に公開模試6回+実力テスト3回あるうち4回は、昨冬のうちの塾の合格実績人数までの順位に入ること。例えば、昨冬50人灘合格させていたなら、50位以内にという具合。
この頃で2回分終わっていましたが、一勝一敗。