子供たちと走り抜けた関西中学受験の備忘録

私たち親子の中学入試までの日々を振りかえり、少しでもこれから挑戦される方の参考になればと思います。

塾との出会い☆小2の2月♡

関西で中学受験塾といえば…と思いつく塾の名は、エリア的なとこや親の年代にもよるかと思うのです。

私の子供の頃、浜や希は本拠地兵庫から大阪の北摂あたりだけで私の出身地域では全く知られていませんでした。あっても別世界のような扱い。また、日能研や馬渕教室は聞いたこともありませんでした。京都は成基学園の天下で、能開がどのエリアもじわっと存在してたような感じだったような気がします。うろ覚えですし、イメージだけですけど。
 
そして現在の子供世代になり、親になっての改めてな塾選び。
どんな親御さんも色々悩まれて決めてらっしゃることでしょう。
うちのきっかけは、それまで通わせてた公文の算数が方程式に入ろうとしたのが2年生の秋ごろでした。方程式を知ってしまうと使わない解法を考えるのに邪魔をすると聞き、塾という単語がよぎりました。まず手始めに、新3年の春期講習に合わせて『公文の代わりに塾に行ってみる?』と聞いたら、宿題から逃げられると思ったのか二つ返事でYES!。
…入ってみて関西中受塾は2月が学年スタートと聞き、やや出遅れ感を感じて少しだけ焦りました。
 
さて、あまり深い動機は無いものの、塾選びには少しですが基準がありました。
 
◯居住エリアに複数の教室があること。
◯塾銀座にある教室であること。
◯新聞広告がわかりやすいこと。
 
一つ目は、最初に目標として、最初は受験するなら中高一貫公立校をと考えていたからです。エリアに1校しかないと、情報や対策が不十分になるのではという不安がありました。
二つ目は、ライバル塾が集まる教室には主力の先生方を配置するだろうという予測です。
三つ目の広告は、単純に好みの問題。
 
 普通は体験授業を受けたり、説明会に行ったりするのでしょうが、受験するしないも漠然としか考えていなかった私。
塾を考え始めてから一番最初に新聞広告か入っていて、なんとなく問い合わせした馬渕が全ての条件を満たしていた為、そのまま春期講習を申し込み、引き続き塾生として入塾しお世話になりました。
公文とのお月謝の差がなかったことも、大きくて重要な理由の1つ。
 今となってはこの選択は間違ってなかったと思います。